「熱海湯」国際ワークショップ、釜山の銭湯視察、銭湯山車 in金沢について|せんとうとまちニュースレター vol.55
梅雨も本格化したかと思いきや、少しずつ汗ばむ日も増え、あらためて銭湯のありがたさを感じる頃です。
今号では、神楽坂の銭湯「熱海湯」を舞台に開催された国際合同ワークショップの様子をはじめ、釜山の歴史ある公衆浴場「マンスオンチョン」のレポート、そして金沢市内で行われた「銭湯山車巡行」の詳報をお届けします。
建物や道具、営みを丁寧に記録すること。異なる地域や文化の中で、銭湯が果たしてきた役割を見つめ直すこと。そして、失われつつある記憶をまちの中にひらき、次の世代へとつないでいくこと。今回ご紹介する取り組みには、そうした共通の視点があります。
引き続き、銭湯のあるまちなみの魅力を発信し、その価値を広めていく活動に力を注いでまいります。皆さまのご支援を心よりお願い申し上げます。
神楽坂の銭湯「熱海湯」を舞台に国際ワークショップが開催されました
3月23日から28日にかけて、建築の教育機関として世界的に知られるイギリスのAAスクール(Architectural Association School of Architecture)と東京藝術大学による国際合同ワークショップが開催され、一般社団法人「せんとうとまち」も、昨年9月に続き、企画協力として参加しました。本ワークショップは、長年にわたり、前田建設工業株式会社の支援のもとで開催されています。
対象は前回と同様、東京都新宿区神楽坂の銭湯「熱海湯」です。近年、観光地としてにぎわう神楽坂において、花街として栄えた時代から人々の暮らしや芸妓たちの日常を支え続けてきた、地域の歴史を今に伝える重要な銭湯です。
ワークショップでは、AAスクールの大学院課程の学生12名と東京藝術大学の学生14名、計26名が混成チームを組み、「Unearthing Futures(未来を掘り起こす)」をテーマに、建物や営みを多角的に読み解くリサーチに取り組みました。
初日には、「せんとうとまち」から栗生はるか、サム・ホールデン、三文字昌也が、銭湯の歴史や現状、保存・活用に向けた活動についてレクチャーを行いました。また、銭湯との調整や資料収集、ヒアリングの準備、現地調査のサポートなど、ワークショップ全体の運営にも協力しました。
学生たちは、「Structure(構造)」「Instrument(設備)」「Skin(表皮)」「Object(モノ)」の4つのテーマに分かれ、実測やスケッチ、インタビュー、3Dスキャン、フロッタージュ(拓本)、写真記録など、多様な手法を用いて熱海湯を調査しました。
フィールドワークでは、建物の構造や増改築の痕跡だけでなく、番台やボイラー、井戸、給排水設備などを支える人・水・熱のネットワーク、浴室の素材や質感、さらには館内にある約120点もの道具や備品まで、普段は見過ごされがちな要素が丁寧に記録されました。
また、熱海湯を営むご夫妻には、ご多忙のなか、ヒアリングや裏方の仕事の見学・説明などにも丁寧にご協力いただき、通常は知ることのできない銭湯の日常や運営の実態を記録する貴重な機会となりました。
最終講評会では、20メートルに及ぶ浴室の床や壁のフロッタージュ、大型ドローイング、バックヤードを紹介するデザイン性の高い立体設備図、銭湯を構成する物品を一つひとつ切り取った写真群など、さまざまな成果物が展示されました。
ゲストクリティークには、AAスクール学長のイングリッド・シュローダー氏と、「せんとうとまち」の栗生、サム・ホールデンが参加し、成果について意見交換を行いました。
講評では、「せんとうとまち」から、銭湯の設備や管理の仕組みを可視化したドローイングやダイアグラムについて、「銭湯の維持管理や修復の複雑さを第三者へ伝えるための重要な資料となり得る」と評価するとともに、学生によるリサーチが今後の保存・継承にもつながる可能性を指摘しました。
異なる文化や教育的背景を持つ学生同士が協働することで、日本の銭湯を新たな視点から捉え直すことができました。私たちにとっても、銭湯を「記録する」ことの新たな可能性を実感する、実りある取り組みとなりました。
これらの詳細な記録は、AAスクール教員の江頭慎氏により、建築専門誌『新建築』2026年6月号に「継続的な街を探求する協働リサーチプログラム」として報告されています。今回の成果が、銭湯の価値や地域文化を次世代へ継承するための新たな記録・研究の蓄積として、今後さらに活用されることを期待しています。
釜山の銭湯レポート その2 「マンスオンチョン 만수온천」
4月に開催された「韓日銭湯フォーラム」にあわせて、主催者の皆さまにご案内いただいたのが、釜山の市街地の北に位置する東萊温泉(トンネオンチョン)という温泉地です。
東萊温泉は、三国時代から王族が訪れたとされる韓国最古の温泉地ですが、李氏朝鮮時代末期から日本統治時代にかけて、温泉地としての開発が進みました。日本の箱根や有馬などの著名な温泉地に並ぶ存在だといえるでしょう。
その中でも今回取り上げるのは、マンスオンチョン(만수온천)です。1960年代に開業した、古き良き公衆浴場です。建物は平屋の赤茶色のタイル張り。番台(カウンター)を中央に配し、左右に男湯と女湯が分かれるという、日本の伝統的な公衆浴場にも近い構造で、近代韓国の銭湯の古い様式をそのまま残しているといえるものです。極めて貴重な文化遺産と呼べる建物でしょう。
東萊温泉のほかの温泉施設では、建て替えによって近代的にリニューアルしたり、旅館業を併設したりと、大型化・高級化が進みました。その中で唯一、マンスオンチョンは1960年代とほぼ変わらない姿を維持しています。
しかし、その維持には、一筋縄ではいかないさまざまな事情があるようです。創業者である先代からマンスオンチョンを受け継いだ現在の経営者によると、現在は飛び込みでの入浴客は多くなく、事実上の予約制・貸切状態で運営しており、他人の目が気になる方の利用が多いそうです。建物や設備の維持など、今後の状況については楽観視できないようです。
日本の温泉地の公衆浴場でも、近隣施設の高級化やリニューアルに押されてしまうという話をよく聞きます。課題は海を越えても同じであることがよく分かる事例でした。(つづく)
銭湯山車巡行 in 金沢 詳報!
現在、金沢21世紀美術館で開催中の「路上、お邪魔ですか?」展(4/25〜9/6)では、「せんとうとまち」の関連団体による「銭湯山車巡行」が展示されています。その銭湯山車による巡行が、5月31日(日)に金沢市内で行われました。
金沢での銭湯山車巡行の相棒を務めていただいたのは、震災を契機に制作された七尾の「ちびでか山」です。これは、七尾で古くから続く青柏祭の曳山行事で曳かれる「でか山」の5分の1のミニチュア版です。ミニチュアといっても高さは2メートルを超えます。元の「でか山」が高さ12メートルという大きさなので、ミニチュアになっても大きいわけです。
午前中は、金沢市立野田中学校の校庭とその周辺で実施された「たいこ・みこし行列」に参加しました。ちびでか山とそろって、地元の子どもたちが曳くたくさんの「たいこ・みこし」とともに、まちを練り歩きました。子どもたちに銭湯について知ってもらう、良いきっかけにもなりました。
お昼には、金沢21世紀美術館の周囲を巡る巡行を実施しました。美術館の周囲を3周し、多くの来館者に見守られながらの巡行となりました。ここで初めて銭湯山車をご覧になった方も多かったはずです。金沢の象徴ともいえる場所で巡行できたことは、私たちにとっても大変うれしい経験となりました。
夕方には、しいのき緑地で行われていた「原っぱ運動会2026」に参加しました。「アーティストが企画した“フシギな競技”」を通じてアートと出会える「“運動会”型イベント」で、はながっつさん考案の「アートにエールを!狂騒」という競技に銭湯山車ごと参加しました。銭湯とアートの双方にエールを送る機会となりました。
巡行に際しては、「ケロリン」で有名な内外薬品株式会社さま、ご当地のスナック「ビーバー」の北陸製菓株式会社様、東京都浴場組合さまに多大なるご協力をいただきました。内外薬品株式会社代表取締役社長の笹山敬輔氏には巡行途中に、直接エールも頂きました。
また、「チンドン!あづまや」から3名をお招きし、「いい湯だな」の演奏と大合唱で巡行を盛り上げていただきました。それだけでなく、東京・金沢からも総勢30名を超える皆さまに巡行へご参加いただきました。この場を借りて、謹んで御礼申し上げます。
写真:Mari Okamoto
巡行の途中では、トークイベント「路上の防災学 ― 水とまつりのレジリエンス」も開催され、栗生と三文字が登壇しました。金沢21世紀美術館の本橋仁氏、ちびでか山の岡田翔太郎氏( 岡田翔太郎建築デザイン事務所)と金沢市危機管理課の方と共に 金沢市内の井戸の話から、能登での震災と水、東京の銭湯まで、多角的な議論が交わされました。
銭湯山車は今後、9月中旬からは東京都渋谷区の松濤美術館で展示される予定です。11月には渋谷近郊での巡行を計画しています。引き続きご注目いただければ幸いです。
訂正とお詫び
「せんとうとまちニュースレター vol.54」の「釜山の『韓日銭湯フォーラム』にせんとうとまちが登壇」でご紹介した書籍『洗うということの歴史(씻는다는 것의 역사)』の著者のお名前について、正しくはイ・インヘ氏でした。お詫びして訂正いたします。



















