稲荷湯長屋の現場の学び、せんとうとまちの活動を寄稿した出版物刊行|せんとうとまちニュースレター vol.5
厳しい冬から、少しずつ春めいた季節になってきました。公園や近所では、すでに梅が咲いているところもちらほらと。
春といえば年度末の追い込み、卒業式、入学式といった節目のタイミングでもありますね。引っ越しをする人も多いかもしれません。新生活や新たな暮らしの際には、近所の銭湯に足を運ぶと、その地域をよく知ることができるはずです。
今回は、稲荷湯長屋の再生プロジェクトの進捗とともに、長屋再生の現場での学びについてのコラムを掲載しています。他にも、せんとうとまちの活動を寄稿した論文集や建築雑誌が発刊され、偶然にも二冊が東京という都市・建築・文化を分析する内容となりました。せんとうとまちの活動以外の論考もとても読み応えのあるものですので、ぜひご覧ください。
引き続きご支援のほどよろしくお願いいたします。
稲荷湯の長屋再生、中塗りへ準備中
絶賛、工事中の稲荷湯長屋の再生プロジェクト。先日は、土壁の水分チェックを行いました。昨年末、極寒前に2回のワークショップを経て塗り固められた稲荷湯長屋の土壁は、無事に冬を越し、良い具合に固まり始めてます。
いよいよ、中塗り作業に移っていきそうです。
他にも、長屋に設置するキッチンの準備も進めたり、看板や掲示板の設置をしたりと、工事も着々と進行しています。
そろそろ、長屋再生後の地域に開かれた場所としてどのように活用していくかも考えなくてはいけません。とはいえ、急に大規模なことをするのではなく、地域にとってちょうどよい賑わいを作りながら、少しずつ良い形へと展開していけたらと思います。
このニュースレターをご覧になっている方で、長屋を活用してこんな取り組みをしたい、と考えている方がいらっしゃれば、ぜひご連絡ください。引き続き、ご支援のほどどうぞよろしくお願いいたします。
■コラム「せんとうとまちと私」
せんとうとまちに関わるメンバーらによるコラムをご紹介します。「せんとうとまちと私」をテーマに、それぞれの考えや普段見聞きするちょっとした話などを思い思いに掲載してまいります。
今回は、せんとうとまち理事の1人で、稲荷湯長屋の再生プロジェクトをリードしている、サムより、稲荷湯の工事現場で経験していることについて書いていただきました。
稲荷湯長屋の現場の学び
僕は、稲荷湯長屋の再生プロジェクトが動き出した去年4月以来、現場のさまざまなところで自分の手を動かしながら工事の進行を見守っています。本業が翻訳家なので建築のプロではないのですが、実は稲荷湯長屋がこの数年間で三回目の古民家改修の経験になります。
大学院で空き家の活用などの実践を研究した後、ご縁があって2017年に東京の赤坂にある築70年の民家を約半年間のDIYで改修し、カフェとホテルからなる「東京リトルハウス」を作りました。そして一昨年から月に一度ほど広島県の尾道に通い、現地の仲間と共に2軒の民家をコミュニティースペースに再生しています。この現場ではより本格的に構造補強などのノウハウを身につけていますが、コスパとやりやすさを優先し、原型を大きく変えながら自分達のできる範囲で建物を直しています。
稲荷湯の長屋再生は、文化財の修復であることがこれまでの経験と大きく違います。築100年近くの建物をなるべく当時の作り方を尊重しながら直すことは、当然なんでもありのDIYよりよっぽど難しいです。そのため、今回は自分でやることよりも、腕のある職人の仕事を近くで見ることが貴重な勉強になりました。
去年の夏から、大工の算用子さんと手嶋さんが腐った土台や柱を継ぎ足しながら、建物のねじれた骨組みを少しずつ水平垂直に直してくださいました。尾道の現場だったら丸鋸で材料を切って金具で留めるような箇所を、ゆっくり手鋸とノミの繊細な作業で部材の形を整えて、ほぞ穴を掘って組み立てる器用さは印象に残るものでした。
一部の壁では、左官職人から伝統工法を教わりながら土壁を再現することができました。元々の壁は100年が経過して土がポロポロ落ちてくる状態でしたが、作り直す過程の中で土壁の強さ、自然素材の良さを学びました。ただ、材料の準備と竹小舞の格子を組むところから三度塗るところまで、手間はものすごいです。現代社会ではわざわざそれを選ぶ人がほとんどおらず、長野まで土を買いに行った時に左官職人の十亀さんが「伝統工法はとにかく材料がない」とおっしゃったように、作り手の知恵だけでなく、材料の生産者もほぼ消滅している状況です。
先日は、稲荷湯の地域の職人に頼むこともできました。長屋の玄関に細かい格子を組んだ綺麗な扉が入っていましたが、下部の枠が腐り、桟が何本か折れていました。その修理を都電の庚申塚停留所近くの旧中山道沿いにある建具屋の田中さんにお願いしました。二日間工房にお邪魔し、作業を見せていただきました。
80代半ばの田中さんは小学生の頃、東京大空襲で巣鴨の家から焼け出され、終戦から間もない昭和21年に今の工房が建ったそうです。その後、お兄さんと弟さんと共に家業を継ぎ、70年以上建具の仕事を続けてきたと語ってくれました。高度成長期に近所に建具屋が6軒もあったそうだが、床に座ってノミとカンナで交換する部品を加工しながら「今はこんなものを直せる人はこの辺に他にいないよ」と自慢していました。そして、次の依頼が最後の仕事になるかもしれないと語っており、もうすでに地域にある最後の建具屋が静かに街から姿を消しそうです。
稲荷湯長屋再生のプロジェクトは、現役の銭湯を守り古い建物を保存するだけでなく、このように失われつつある伝統を受け継いだり、記憶に留めたりする機会になったことは、僕にとってとても嬉しいことです。今後のせんとうとまちの活動を通じて続けていきたいと思っています。
サム・ホールデン
■メディア掲載
書籍『水都としての東京とヴェネツィアー過去の記憶と未来への展望』
法政大学江戸東京研究センターのEToS叢書第三弾として、「水都としての東京とヴェネツィア:過去の記憶と未来への展望」が発刊されました。
水の都として知られる江戸−東京とヴェネツィアの人びとは、古くより水とともに生き、文化・コミュニティを育み、経済活動を営んできました。そこで、建築学、歴史学、社会学、文学、ガバナンス、アートといった学問領域を横断し、二つの巨大な〈水都〉の過去・現在・未来を一望する国際シンポジウム(ヴェネツィアで2020年3月開催)の内容をまとめた論文集が発刊され、第三部 建築遺産と未来 にて「“地域の生態系“の維持や継承──東京の「銭湯」の例」と題し、せんとうとまち代表理事の栗生はるかが寄稿しています。
江戸における水の文化、水都を取り巻く環境、建築遺産に関する論考、グローバス都市における経済や文化のあり方など、都市・建築・文化の側面から東京と海外の都市を比較しながら、東京の可能性、魅力を掘り下げるさまざまな観点の論文が掲載されています。ぜひ、ご覧ください。
▼『EToS叢書 3水都としての東京とヴェネツィア過去の記憶と未来への展望』(法政大学出版局)
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-78013-4.html
雑誌『a+u』臨時増刊号 Infraordinary Tokyo: The Right to the City
新建築が発刊している雑誌『a+u』臨時増刊号が出版されました。ゲスト・エディターに慶應義塾大学名誉教授のダルコ・ラドヴィッチ氏を迎え、ジョルジュ・ぺレックの言葉「infraordinary(並-以下のもの)」(Perec, “Approaches to What?,” 1973)をキーワードに、ふだん見なれた(ordinary)都市を掘り下げる(infra-)という意図で、新たな「東京」を多層的に紹介する本誌。さまざまな観点から東京を掘り下げるなか、「地域の生態系を維持する銭湯 」と題し、代表理事の栗生はるかの原稿を寄稿しています。
国内外からの20名以上の建築家・都市計画家・社会学者などがそれぞれの目線から東京をリサーチした内容がまとまった内容となっています。また、本誌は日英併記となっています。
▼『a+u』2021年11月臨時増刊号Infraordinary Tokyo: The Right to the City
https://japan-architect.co.jp/shop/special-issues/book-412111/